ウッドワン美術館コレクション
絵画の愉たのしみ、画家のたくらみ―日本近代絵画との出会い―
企業や私人の設立した私設美術館というのはえてして馬鹿にできないもので、例えば昨年以来私も2度訪れた徳島の大塚国際美術館だったり、島根の足立美術館、倉敷の大原美術館、東京では出光美術館やブリジストン美術館など、これらは私人・私企業の資金力によって収蔵品を集めることによって美術品の散逸を防ぐ意味でとても貴重な存在だなと思うのだけれど、そんな中でこのウッドワン美術館というのもなかなかの所蔵品ラインナップで、その中から今回は 横山大観、上村松園、黒田清輝、岸田劉生といった近代日本画の大家の作品がこぞって展示されるとの事。
その中でも目玉であり展覧会のキービジュアルにもなっているのが 岸田劉生「毛糸肩掛せる麗子肖像」。
地下鉄や先日行った京博でこのポスターを見た我が子も興味を持ったので、台風近づく雨降るなか日曜に行ってきた。
展示は思っていた以上のボリュームで、一時間ほどかけてじっくり鑑賞。
子連れでもこういう展示を一作づつじっくり見て回れるのはひとえにびじゅチューンのおかげではないかと。
番組で取り上げられた麗子像は今回展示されている 「毛糸肩掛せる麗子肖像」 「 林檎を持てる麗子 」 ではなく、東京国立博物館蔵で重文の「麗子微笑」なのだけれど、両作を見比べてその違いなどを見れる工夫がしてありとても良かった。
それにしても実物を間近で見ると、肩掛けの書き込みの精巧さに改めて驚愕。
まるで実物のように浮き上がって見えてくるから美術センス皆無の私などはただただ感嘆するばかり。
それにしても、美術畑の知識が皆無だったのでこの記事を書くにあたって岸田劉生について少し調べてみたのだけれど・・・調べたといってもとりあえずwikiを見てみただけなのだけれど、それだけでも色々面白い知識が得られた。
まずは作風について
とある。
それから
草土社展に出品された『切通しの写生(道路と土手と塀)』は劉生の風景画の代表作の一つである。
1917年(大正6年)、結核を疑われ、友人武者小路実篤の住んでいた神奈川県藤沢町鵠沼の貸別荘に転地療養の目的で居住(結核は誤診だといわれる。庭に土俵を設け、来客と相撲に興じた)。1918年(大正7年)頃から娘の岸田麗子(1914年~1962年)の肖像を描くようになる。
という記述もあった。
麗子の肖像は鵠沼で描かれたものなのか、と思うと個人的にグッと親近感が沸いてくるではないか。
あのあたり、関東大震災を経て( 劉生自身も震災で居宅の母屋が倒壊し転居した模様)現在は当時の姿を思い浮かべるべくもないが、時期的に江ノ電は開通していた頃なので藤沢や鵠沼の駅を彼も利用していたのだろうかと想像を巡らせるのも面白い。
更に調べていると、孫は現在洋画家として活動されているとの事。
孫くらいの繋がりの方が自分と同じ時代に生きていると思うと、これまで自分の中で「教科書の中の人」でしかなかった 岸田劉生という人がぐっと現実味を帯びて感じられて、やはり色々な物事は知識欲を持って調べてみると面白い事があるなと思ったし、今はわざわざ図書館に足を運ばなくてもインターネットを使って簡単に調べがつくので有難いものだと思うのである(オッサン臭いな。まあオッサンなんだけど)
さてさて、ひととおり展示を見て回って最後にあるのはお約束の売店。
ひときわ目を引いたのが麗子像といえば、のあの肩掛けをイメージしたショール。
#京都文化博物館 で開催中の「絵画の愉しみ、画家のたくらみ―日本近代絵画との出会い―」では #岸田劉生 の「毛糸肩掛せる麗子肖像」にちなんだ暖かい毛糸のショールを販売中。これからの季節にぴったりの一品。作品鑑賞の記念にどうぞ!https://t.co/isyIaTlhF6 pic.twitter.com/f5dU2uzhco
— 日経文化事業部 (@artnikkei) 2017年10月4日
子供もちょっと欲しがったのだけれど、サイズが大人用しかなかったので残念。
それにしても物欲をくすぐる、ツボを突いた商品を販売したものであるなぁ